2009年06月21日

中国の大学教授の給料は?(上海の素顔)

中国の大学教授の給料は?(上海の素顔)


<大学教授の給料は?>
聞いてビックリしたのが大学教授の給料。
中には1,000万円を超える先生もいるらしいのですが、極めて少数。
公務員ですから3,000~5,000元(45,000~70,000円)安い
ですから、大学近くに自分の会社を持って商売を始めるのです。
写真は上海万博のマスコット。市内の公園等あちらこちらに置かれています。

<80年后>
80年・90年代生まれのインテリ層はたいがい英語を話します。しかし、団塊ジュニアに相当する70年代生まれは?
地下鉄を降りてホテルを探すが見当たらない(ガイドブックの間違いだった。るるぶしっかりしろ)。
ネクタイ姿の30代のサラリーマンに英語で場所を聞いても、中国語で答えが返ってくる。しかし、こちらは中国語がわからない。

そこでバスケットをしている小中学生に場所を聞くと、きちっと英語で場所を教えてくれました。
その話を80年代生まれの人に話しをすると
文革世代と70年后(70年代生まれ)は、コンピュータは使えない、英語は話せない最低の世代」
パソコン・英語が使えない時代遅れの偉い日本人もたくさんいますよ。

80年后の説明はこちら→http://ngcon.shiga-saku.net/d2009-03-06.html

中国の大学教授の給料は?(上海の素顔)

<障害者>
上海市内の歩道には車椅子用の切り下げがありませんし、大きな建物でも障害者用の昇降設備がありません。カルーフールの障害者用のトイレは物置に変身。(中はあえて撮影しておりません
「上海に障害者はいないのか?」
「当然いますよ。障害者は1箇所に集まってみんなで暮しています」
「ということは隔離したっていうこと?」
年寄りと障害者には厳しい街です。

<日本人に間違われる>
公共的な施設に入るとき、飛行機に乗るときと同じような荷物のレントゲン検査を受けることになります。このシステムをよく理解していなかったので、リュックの中にミネラルウォーターが入っていました。
検査官がリュックを指差して、開けろ、そして飲めというしぐさをします。それで水を飲んだわけですが、検査官が「ごゆっくり」と日本語で。

次に、若い中国人男性の順番で私の同僚と思ったのでしょう。同じように水を飲めのしぐさ。そして「ごゆっくり」と日本語で
しかし、彼は「中国人だ」と中国語で叫んでいました。

<日本に帰ってきた>
上海から関西空港へ帰る途中、ある島の上空を通過しました。ざっと300軒の屋根が見えます。海岸線の延長はせいぜい10km。そこに港が7つ。ムダな公共事業を行っている日本に帰ってきたと実感します。
帰国の実感が無駄な公共事業とは情けない。


同じカテゴリー(海外&中国)の記事画像
おいて おいで パンダ ♪
タイからの手紙
タイの環境調査員
次のステージへ
タイは面白そうですね
馬来西亜(マレーシア)から来ました
同じカテゴリー(海外&中国)の記事
 おいて おいで パンダ ♪ (2011-02-26 07:28)
 タイからの手紙 (2010-06-19 08:28)
 タイの環境調査員 (2010-04-24 08:28)
 次のステージへ (2009-08-04 07:28)
 タイは面白そうですね (2009-08-02 07:28)
 馬来西亜(マレーシア)から来ました (2009-06-30 07:28)
Posted by 西日本技術の環境調査員 at 07:28 │Comments( 0 ) 海外&中国
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。