2010年06月08日

「いろはにほへと・・・」と環境


「いろはにほへと・・・」と環境 
 いろは歌をご存知の方は多いと思いますが、その意味をご存知の方はどのくらいでしょうか。

実は、私も最近まで深く考えたことはありませんでした。

いろは歌は弘法大師空海が詠んだとされていましたが、本当の詠み人は判っていないようです。

                                    



                                       (写真は空海。ウィキペディアより)

では詠んでみましょう。

以呂波耳本へ止千利奴流乎     いろはにほへとちりぬるを     色は匂へど散りぬるを
和加餘多連曽津祢那良牟        わかよたれそつねならむ     我が世誰ぞ常ならむ
有為能於久耶万計不己衣天     うゐのおくやま けふこえて     有為の奥山今日越えて
阿佐伎喩女美之恵比毛勢須      あさきゆめみしゑひもせす     浅き夢見じ酔ひもせず

今の言葉で訳すと、
「輝く様な(匂う)美人(色)でもいつかは老い果てるものだから(散りぬるを)、この世の(我が世)誰もが(誰ぞ)永遠でいられようか(常ならむ)。この世の生命や物などの生滅(有為)が織りなす日々(奥山)を今日も過ごしていく(今日越えて)。

酔ってもいないのに(酔ひもせず)、思い上がった夢(浅き夢)など見ないようにしよう(見じ)。」

→「つまり盛者必衰を表している」となります。

さて、いろは歌を7字づつ書いて、行末の1文字を縦に読むと、
いろはにほへ
ちりぬるをわ
よたれそつね
らむうゐのお
やまけふこえ
あさきゆめみ
ゑひもせ

→ 「とかなくてしす」 → 「咎無くて死す」
となります。
 
私たちの人生でも、死ぬまで人から咎めを受けなく生きたいものです。また、日本の先人がこのような文化や思想を持っていたことに感服します。

環境を語るとき、ともすれば経済活動との対比や負担の増加に目を奪われて、自然環境の保全や循環の仕組みの維持に人生の価値を見いだすことまで思いが及んでいないのではないかと思います。

いろは歌は、金欲や物欲などの世俗にまみれた私たちにはなかなか到達できない真理ですが、人類存続の危機に直面した現代にあって、私たち自身が地球環境の一員であること、そして自然のなるがままに生きることを再認識した歌でした。

最後に、私の身近にある「イロハ」は、環境六法の法文の中にあります。環境六法は、机の上に乗っています。
法文で使用される段落記号の中に「イロハ」があり、法文での構成は、
章 → 条 → 項 → 号 → 「イロハ…」→「(1)(2)(3) …」→「(i)、(ii)、(iii)…」
となっています。


                                 環境分析部:グリーンガーディアン

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Posted by 西日本技術の環境調査員 at 07:28 │Comments( 0 ) 環境
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