2009年07月31日
石川五右衛門の墓
円山公園の南、高台寺の北側に観光案内図に載っていない「大雲院」というお寺があります。ガイドブックには全く登場しませんし、通常は公開されていませんから、ほとんどの人は気づかないまま通過してしまいます。しかし、このお寺は、超有名なお寺。
このお寺に眠っているのは石川五右衛門、織田信長の歴史的な人物。
<石川五右衛門の釜ゆでは事実だった>
南禅寺の山門で「絶景かな、絶景かな」と言ったのは歌舞伎の世界ですが、石川五右衛門の処刑に関する記録は残っています。イエズス会の宣教師として日本に滞在していたペドロ・モレホンの盗賊処刑の記述は次のとおり。
「この事件は1594年の夏である。油で煮られたのは「Ixicava goyemon」とその家族9人ないしは10人であった。彼らは兵士のようななりをしていて10人か20人の者が磔になった」
三条の河原で油の釜ゆでは、他の文献でも確認できるようです。
兵士の服(衣)を着たまま油で揚げる。これがテンプラの原型。現代では服を着た人間を油で揚げることはできませんから、エビ等に衣を付けて揚げるのです。
<15代目の子孫はどうよ>
円山公園の吾妻屋でタバコを吸っていると、中年のおじさんが
「大雲院行かれました?」
「いやーあ 大雲院は特別拝観以外入れないでしょう」
「私は石川五右衛門の15代目ですから、今、先祖の供養に行ってきました」
「じゃ泥棒?」
「いや 今、先祖の供養として祇園花見小路でテンプラ屋(石川)をやっています。弟も梅田で串カツ屋(五右衛門)をやっています」
「油で揚げるのは天職ですね。ということはルパン3世に登場する「石川五エ門」(13代目)はおじいさんですね?」
<石川五エ門はどうした?>
「今、おじいさん(石川五エ門)はフランスのパリで暮しています。というより、寝たっきりですが。そうそう 赤塚不二夫のイヤミさんも同室ですよ。ベッドの中で10秒くらいかけて、ゆっくりシェ-してますよ」
「峰不二子さんのこと、何か知っています?」
「ルパン3世が亡くなってから京都にいますよ。ただ、痴呆が進んでケアハウスですけど」
「次元大介は?」
「あの人は今でも現役で、たぶんアフガニスタンにいると思う。日本には銃砲刀剣類所持等取締法があるので、日本には帰ってこないと思います」
「最後に、銭形警部は?」
「定年間際に下着ドロやってクビ。ルパンにあこがれていたのでしょうが、無理ですよね。それ以降、情報はないですね」
Posted by
西日本技術の環境調査員
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07:28
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